Days in my life

月別: 2018年1月 (page 1 of 1)

ここは…。

クアラルンプール郊外にある、瀟洒な高級コンドミニアム。
ここの一室で金正男殺害のVXガスが作られていたらしい。

なんと…。

マラッカ河畔の散歩道

2日間のんびり楽しんだマラッカの旅もそろそろ終盤。
クアラルンプール行きのバスに乗るため、バスターミナルへ向かわなくては。


中心街は道も狭くて一方通行が多いので
uberを拾いやすい場所を探すためにウロウロしてたら、
マラッカ川の河畔へと抜ける道を発見。
この黄色い壁に沿って奥へと歩いて行くと、こんな風に整備された遊歩道が川沿いに続いていました。


建物の壁にはウォールアートが。
こんな楽しい道、ガイドブックにも載ってなかったので知らなかった!!


バスの時間が気になりつつも、テンションが上がります。
マラッカ川の遊覧船がやってきました。
綺麗に整備された遊歩道だけど、ほとんど人が歩いていません。

こんなに気持ちのいいお散歩コースを独り占めしているようで、気分もいい。
ウォールアートが建ち並ぶ対岸は、こんな感じのバラックの家がちらほらと。


さっきまで見ていた豪奢なプラナカン建築とはうって変わって、簡素な佇まい。
でも空き家になってしまった豪華な建物より、このたくましい生命力みなぎる暮らしの風景に心が惹かれます。


また遊覧船がやってきました。
みんな手を振ってくれます。
徳島の「ひょうたん島クルーズ」みたいで、よりいっそうマラッカに親近感を感じます。それにしてもまったく日本人に会いません。

リバーサイドホテル。
おのずと井上陽水が脳内に流れる、昭和生まれ。
そろそろバスの時間も気になるので、uberがつかまえられそうな道に出ます。

通りに出ると、目の前には小さな観覧車。
スマホで調べ見てみると、夕方から夜にかけてだけ営業している遊園地なのだそう。
「夜のみ営業」って、なんかロマンチック。

さてさて、クアラルンプールへの帰路を急がねば。
uberを拾ってバスターミナルへと向かいます。

ウルトラマンが守るもの

ウルトラマンが守るもの
ピンボケ写真。
マラッカからクアラルンプールへの帰り道、
ウルトラマンの大きな立て看板を見かけたので、慌ててシャッターを切りました。

ウルトラマンに夢中の5歳の甥っ子に
「マレーシアにもウルトラマンいたよ!」
とLINEをしたら、ふーん…とつれない返事。

「だって、ウルトラマンは地球を守ってるんやから当たり前やん」だって。

ウルトラマンの種類を覚えられない伯母は
最近すっかり見下されています。

そんな彼にも、今日市役所から小学校への入学通知書が届いたそう。
4月から1年生か。

友、琉球より来たる。

テレビ局のクルーにインタビューを受けているのは
沖縄から徳島を訪ねてきてくれた友人。
両親よりも年の離れた彼女とは、
写真がきっかけで2年ちょっと前に知り合いました。


2015年の秋に沖縄を旅した時、
那覇の裏道にある言事堂という芸術書の古書店で
彼女の初めての個展が開催されていて、
そこで彼女の作品に初めて出会いました。
みずみずしい視点で切り取られた生き生きとしたスナップがとても印象的でした。

その後、縁あって彼女の写真の師匠のご自宅にお邪魔した時、
沖縄の家庭料理をたくさん作って彼女も一緒にもてなしてくれました。
そこで初めてさっきの言事堂での展示は彼女のものだと知り
腰を抜かすくらい驚いたのを覚えています。

驚いた理由は
ついさっき見た作品を撮った人が偶然その場にいるということ、
そして、あのみずみずしい視点で切り取られた写真が
70歳を超えている目の前の彼女が撮ったということ。
何も前知識なく作品を見ていたので
「20代の若い作家さんなんだろうな」と思っていたので…!!
それくらい大胆でユニークな視点で切り取られた魅力的な写真だったのです。

そんな写真を撮る彼女もまた魅力的で、
「こんな風に朗らかにチャーミングに歳を重ねたい」と思う、
憧れの女性になりました。

彼女の名前は宮城ヨシ子さん。
68歳から写真をはじめ、昨年78歳で初めての写真集を出版し、
写真界からも高い評価を得ています。
http://www.borderink.com/?p=19669
https://www.bookbang.jp/review/article/542834
https://ryukyushimpo.jp/news/entry-597326.html


上の写真はヨシ子さんの写真の師匠の勇崎哲史さん。
2015年に木村伊兵衛賞を受賞した石川竜一さんを育てたり、「東川町国際写真フェスティバル」や「写真甲子園」などを企画立案し、北海道東川町を「写真のまち」として育てた立役者です。
勇崎さんやヨシ子さんは私が4年間制作に携わった「あおあお」をずっと愛読してくださっていて、それがご縁で2016年の秋には勇崎さんが主宰する写真教室のみなさんで徳島を訪れてくださいました。

その時に脇町のうだつの街並みで阿波藍の話を聞いたことがきっかけで
ヨシ子さんは徳島の藍染に強い関心を抱き、
先週末から開催されている「藍のけしき」をどうしても観てみたいと、
写真仲間の友人とその妹さんとわざわざ徳島に来てくださいました。

「藍のけしき」は参加型のアートプログラム。
日本各地はもとより、アメリカ、イギリス、イタリア、オーストラリア、 カナダ、チリ、ドイツ、フランス、ベトナムなど世界各国のさまざまな国から参加があったようで、私も白い布を藍で染め、5ヶ月間一緒にその布と過ごし参加させてもらいました。



全く同じ白い布が、
染め方や環境の違いや参加者との関わり方によって
ここまで違った表情になることにとても驚きました。

徳島に住んでいても、知ってるようで知らない阿波藍のこと。
好奇心旺盛なヨシ子さんやお友達は
この作品の作家さんや作品を観に来たお客さんともすぐに親しくなって
阿波藍や作品に関する質問を次々と投げかけている姿も、とてもうれしかったです。


その後、たらいうどんを食べに行ったり


藍染体験をしにいったり。

そんな風に徳島での旅の時間を共有しながら、
徳島の暮らしや文化のこと、
沖縄の暮らしや文化のことや基地のこと、
そして写真の話やそれぞれが大切にしていることなど、たくさんの話をしました。

大好きな写真を通して出会った人たちと、
自分が制作に携わった仕事でご縁が深まって、
そしてこうして心を通い合わせて語り合うことができたことは、
私にとって宝物のような出来事でした。

本当に楽しくてあっという間の濃密な1日。

今度は私が沖縄に彼女たちに会いに行きたいです。
そう遠くない将来に、必ず。
この再会で、距離的には遠い沖縄が、またグッと近くなったように思います。

プラナカン散策

「プラナカン」はマレー語で“この土地で生まれた子”という意味。

中国から交易のためにマレー半島にやってきた男性と、
現地の女性の間に生まれた子孫のことを、そう呼びます。

かつて東西交易で栄えたマラッカでは
ヨーロッパと中華、そしてマレーの文化がミックスされた
華やかなプラナカン文化が育まれたそうです。



ヨーロッパの建築様式のに影響を受けた建築にふんだんに施された精緻な装飾からも
往時の繁栄ぶりが伺えます。

プラナカンの男性は「ババ」、女性は「ニョニャ」と呼ばれ
プラナカン文化は別名「ババニョニャ文化」と呼ばれることも。


ゴム農園の経営で多くの財を成した一族の私邸を開放して作られた「ババニョニャ博物館」では、豪華絢爛で贅をこらしたプラナカンたちの暮らしぶりを垣間見ることができました。
撮影はこのエントランス部分のみOK。
人数が集まったら英語ガイドさんがついて案内してくれました。

ヒーレン通りにあった、白亜の大豪邸。

でも、街を散策して目に付いたのは空き家や傷んだ家の多さ、でした。


uberの運転手も「街中で遊ぶことはほとんどない」と言ってたし、
これだけ車社会が発達していたら、街中に住むメリットも少ないだろうし、
屋敷を手離したいと考える人も多いのかも。


世界遺産になったとは言え、
古い街並みを維持していくのにいろんな苦労があるんだろうなぁ…と。

軒下にある神棚のようなものにお供え物がしてあって
ここで暮らしを営んでいる人の気配が感じられると、
なんとなくホッとしました。

もっと英語やマレー語が話せたら、
町の人にもっといろんな話が聞けたのかもしれないな。

ホテルで朝食

マラッカでのホテルは「Booking.com」で選びました。

ちょうどタイムセールになっていたから適当に選んだ「エスタディアホテル」は、
部屋からマラッカ海峡は見えるし、インテリアも小洒落ていたし、
周りの環境も静かで、とてもよかったです。

宿泊代金に含まれていた朝食ビュッフェも、
ふだん朝ごはんを食べないにも関わらず、
ついついあれもこれもと食べ過ぎてしまう美味しさ。

プラナカン料理を中心に野菜メニューがたっぷりあったのが、うれしかったです。
ところで、「プラナカン」って言葉を知っていますか?

恥ずかしながら私は3年前にシンガポールを旅したときに、初めて知りました。

これからその「プラナカン」を満喫する散策にでかけます。

NO WIFIで散歩

マレーシア滞在3日目。

ぐっすり眠って目覚めたマラッカの朝。
泊まった宿があるエリアは、
高級ホテルや大型のショッピングモールが建ち並んでいる一方で、
宿のすぐ目の前には昔ながらの長屋のような建物があって、
ちょっと探検してみたくなります。

ホテルを出てしばらくして、
ポケットWiFiを持ってくるのを忘れたことに気づきました。

思えば、数年前まで海外でネットが繋がらないのなんて当たり前だったのに、
無いとどことなく心もとない。

けれども、取りに帰るのも面倒臭い。
なので、そのまま散歩を続けることにしました。

不安だけども、なんとも言えない開放感。
なんだろう、この感覚。


食堂で下ごしらえをしていた女の子たち。


信号の無いところや信号無視して横断する人もよく見かけました。
歩行者用の信号がなかなか青にならないから、私もよくしました。


マラッカの狭小建築。
土地開発で中途半端な形で土地が残ってしまったのかな?


ハッテンホテルという高級ホテルの駐車場に停まっていた、リボンがかけられたベンツ。
このあと新郎新婦が乗るのだと教えてくれました。


ホテルとショッピングモールが繋がってる。


ちょっと歩くと、小学校が。


猫の親子に遭遇。マラッカの猫は細い。
ガイドブックで見たことがある古い建物が目の前に。


マラッカを植民地としたポルトガルが最初に築いた要塞「サンチャゴ砦」。
この上にマラッカ海峡を一望できる丘があるんだった。

が、
ふと宿泊代金に朝食が含まれていたことに気づき、
なんだかお腹が空いてきたのでホテルへ戻ることに。

いつも朝ごはん食べないのに、食い意地張ってます。
けれども、インターネットに繋がっていないことが

とても新鮮だった、朝の散歩でした。